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先月だったかな?父親が急に敗血症という病気にかかった。妹には病院の先生から「お父様が危ない。」と電話が入り、仕事を1週間程度休んで急遽東京から長崎へ帰った。

妹は敗血症との闘病生活の環境を整えることも含め、薬剤師として病院の事情に精通しているので帰郷してくれたのだ。感謝している。

現在の父親の病状は回復傾向にあるらしい。今回の一件でわかったことは、年をとったら少しの体の不調であっても早めに病院へ行くこと。あと、救急車で運ばれた病院に入ってしまったら、名医(専門医)のいる病院へ後から移りたくても移ることは難しいことがわかった。 

本題に戻ると、みんなは仕事先に「チチキトク、スグカエレ。」とか「お母様が危ない状況です。」って電話がかかってきたら仕事を休んで帰るのか?いや、帰っちゃダメだろ。仕事があるんだし、無職であっても交通費がかかる。

今回の妹も長崎まで往復で6万ちょいかかっている。ましてニートのオイラが帰られるわけがない。親が死にかけていてもニートのオイラは引き篭もっておくことがベストだった。

今回一番言いたいことは、母親がよく言っていることなんだけど、「親の死に目よりも元気なときに会えていればそれでいい。」ってこと。

先日NHKのドキュメンタリー観てて、遺族の方がコメントしてた。「本当に死ぬときって黙って眠るように逝っちゃうんだね。ドラマみたいに感動的なシーンを想像していたから、こんなに呆気無いとは思わなかった。」と。

つまり、死に際には何もないんだ。自分の場合、両親が晩婚だったため学生の頃は友達の親よりも自分の親が10歳くらい年齢が上なの。

だから、小学校の頃からず~っと両親が早く死んじゃうんじゃないかと心配して眠れなかった。「うちの親は歳だから明日死んじゃうかもしれない。」いつもそんな心配ばかりしてた。

両親は現在65歳で団塊世代の一番上の世代らしい。65歳って犬と同じくらいの寿命しか残されていない。今、ヨークシャテリアを買ったらおそらく、両親とそのヨークシャテリアは大体同じ頃に寿命が来るということ。長く生きてもそれくらいしか命が残されていない。

大切なのは親が死ぬまでの一日一日を大切に過ごしたい。この間テレビでAKB48のプロデューサー秋山康さんが「両親が生きているうちにもっと色々と話しておきたかった。」って言っているのが印象的だった。

親の死に目なんかに立ち会えなくてもどうでもいいんだよ。死後のこともイオンのお葬式で一番安いプランでいい。まとめると、両親が生きているうちにできるだけ多く会って沢山話しておきたいってこと。